審査レポート

旭川支部 石川秀樹 四段
 連合会公認審査会前日の3月6日(土)新千歳空港より静岡空港に向けて出発することになったのですが、JRで旭川駅から新千歳空港に到着後、搭乗手続きを行うためカウンターに向かったのですが到着便が1時間遅れとのことで前途多難の旅が始まりました。

 北海道からの静岡空港便が廃止との報道を受け、これが最初で最後と思い搭乗すると今度は静岡地方の天候悪化で着陸が出来ず中部国際空港への代替着陸となり名古屋経由での静岡入りとなり、4時間ほど遠回りとなってしまいました。
 後で聞いた話ですが、静岡空港のある場所は、元々茶畑があったところで湿度が多いようで、悪天候で中部国際空港に代替着陸することがあるそうです。

 7日(日)審査当日午前11時20分に大石道場 柴田自由師範が余裕をもって迎えに来て下さったのですが、静岡市内で行われていたマラソン大会のため体育館への道路が遮断され、マラソンコースを迂回して体育館へ向かったため、開始30前に体育館到着となってしまいました。

 体育館に到着後、大石最高師範をはじめ、各師範、先生方との挨拶後、高橋師範、伊藤先生は道着に着替え審査に向けての準備運動、型の確認などを行っていました。

 今回の審査には、初段を10名、弐段を6名、参段を2名、四段(型のみ)を1名、五段を1名の計20名が、年齢も高校生から60歳までの方々が受審しました。

 午後1時、大石最高師範、小井理事長の挨拶で公認審査会が始まりました。

 最初に最高師範より受審者全員の紹介が行われた後、準備運動、基本、移動、型(太極から観空まで)、補強(拳立て伏せ、腹筋、スクワット各50回を5セット)が行われ、最後に連続組手です。
 連続組手は茶帯から行ったのですが、対戦相手は大石道場の有段者がほとんどで茶帯や岐阜の太田先生、埼玉の橋本先生など40名ほどの対戦者が相手を務めるのです。

 中には私が連合会公認高段者審査で一緒に四段・参段を受けた、渡辺先生、伏見先生、岩崎先生、山口先生、松田先生、江澤先生、大石先生、橘先生、小坂先生のほか、山梨の廣瀬四段、柴田参段、狩野参段、昨年の全日本大会7位の橋本弐段そして高橋道場から原先生と対戦者も充実した顔ぶれが揃っています。

 一人目の組手が終わると対戦者が我先にと次の相手を行うために飛び出してきます。さながら相撲の申し合い稽古のようで、出遅れると対戦者にも順番が回らないのです。
 茶帯の連続組手の途中、最高師範から「相手が弱っているからと手加減をすると、一生、手加減をされて取った帯になってしまう。そうさせないためにも全力で戦え」との檄が飛ぶと、対戦者の組手にも一段と拍車がかかります。

 一人の脱落者もなく茶帯の連続組手が終わると次は黒帯です。全員が一列に並び20人、30人、50人組手の開始です。
 流石に有段者ともなれば組手も違って見えます。
 昇段審査に対する備えが違うのでしょうか、茶帯の時のように一方的な組手はなくなります。
 初段の20人組手がおわり、大石道場 中島弐段、高橋道場の伊藤弐段、高橋師範の組手が残ります。観客の目も三人に注がれるのです。
 残り10人は一方的に打たれることもありましたが、倒れることなく中島弐段、伊藤弐段の30人組手も完遂、最後は高橋師範が残りの20人とたった一人の戦いです。
 ここまで来ると体力の消耗が激しいようですし、何時もの動きではないのです。信じられないことですが、これが昇段審査なのです。
 相手は全力でぶつかってきます。その攻撃を全身で受け止めるのです。40人を過ぎてからは息も上がり立っているのもやっとのように見えたのですが、心はあきらめていませんでした。どん底の状態からでも一本を取るのです。それも上段後ろ回し蹴りでです。
 相手に対して全身で技を返します。その心が技を生み出しているのです。
 48、49人と終わり最高師範が最後の対戦相手に原先生を指名して下さり、二人の戦いをもって高橋師範の連続50人組手は終了しました。
 最後に健闘を称え受審者、対戦者全員が高橋師範を胴上げして昇段審査は無事終了しました。

 終了後もお互いが健闘を称えあう姿は戦ったものだけが認め合うことの出来る余韻の時間として流れていったことでしょう。

 昇段審査終了後、各師範、先生方と別れの挨拶後、柴田師範が用意して下さった、慰労会会場へと向かい大石最高師範、小井理事長、海野師範、柴田師範、太田先生ほか受審者、手伝いの道場生の方々と楽しい一時を過ごすことが出来ました。

 翌8日(月)静岡空港から北海道へ帰路の途に着きました。
押忍


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