審査会レポート


連合会公認審査会
2011年3月6日(日)
静岡市・南部体育館



旭 川 支 部
原 一 浩 参段

 平成23年3月6日、静岡市・南部体育館において、公認昇段審査会に臨んで参りました。
 まだ、終わったばかりで夢心地の中ですが振り返ってみたいと思います。


 平成22年3月7日、静岡市・北部体育館、大石最高師範の粋な計らいで高橋師範の連続50人組手の最後の対戦相手として、戦い、高橋師範の胴上げの中にいる時に「来年、この場所に来るんだ!」と武者震いをしたのを覚えています。
 建物は昨年と今年とでは違いましたが、確かに同じ場所に立つ事が出来ました。
 高橋師範と伊藤先生の審査の内容を見て、生半可な気持ちでは、この場所に立つ事は出来ないと思い、1年間をかけて準備しようと思いました。

 まずは、スタミナをつける事でした。
 4月に留萌に転勤になり、単身赴任生活になりました。旭川とは違い、起伏のある地形ですので走るには好都合でしたが、坂道を上がる度に息が上がります。走るのは夜になる事が多く、暗闇が苦手な自分は明るい所を探すのに苦労しました。海岸線を走った時には、途中で照明が無くなり、足下が何も見えない時がありました。月が出ていればロマンチックなのですが、真っ暗だと海から何かが出て来るのではないかという恐怖も手伝って、ペースが異常に早かったはずです。

 5月には、ワンルームの単身寮にサンドバッグを設置しました。意外に大きく、寝るスペースを確保するのもままならないくらいでした。叩いてみると音も響きます!下の階には直属の上司が住んでいますので、夜に叩くのは無理と判断しました。
 幸い、職場から寮までは750mの距離ですので昼休みに戻って、叩く事にしました。食事の時間も考えると1分15Rがギリギリでした。日中に時間が出来た時には30R叩く事もありました。

 夏合宿の時に連続組手をする事が出来ました。11人でしたが、スタミナが切れてしまい、まだまだスタミナが足りない事が分かりました。

 機会がある毎に昨年の高橋師範の動画を見て、あそこに行くんだ!と鼓舞していましたが、何をすれば良いのか分からない状態も続きました。
 秋季昇級審査の後に高橋師範に稽古をつけて頂きました。15分ほどのスパーリングを2回でしたが、後半になるとスタミナが切れてしまい、「スタミナが切れるのが早すぎる」と言われてしまいました。スタミナがなかなかつきません。

 全日本大会に行ったおり、高橋師範から空蹴り1,000本を12分くらいで出来なければダメだと言われ、早速帰ってからメニューに入れましたが、とても時間を計れるようなものではありません。何せ途中で疲れてしまって、休み休みで何とか1,000本を終えるという感じです。それでも昇段審査が近づくと連続で出来るようになり、時間も12分には及ばないですが、16分くらいで行えるようになりました。

 晩秋、高橋師範から電話を頂き、体重の話になりました。
 師範:「今、何キロ?ベスト体重は?」
 自分:「今は93sで、ベスト体重は85sくらいです。」
 師範:「80kgまで落とさないとダメだなぁ」
 自分:「押忍?押忍」


 元々身体が重いと感じていましたので、この頃から夕飯を抜く事にしました。ただし、稽古やトレーニング後には牛乳を飲むようにしました。

 しばらくすると体重にあまり変化はなかったですが、ウエスト周りのサイズが落ちていました。
 
 家内が、近所の人に「旦那さん、単身赴任でやつれたんじゃない?やはり食べ物が大変なんですねぇ〜」と言われたそうです。

 納会時の練習会で28人組手を行いました。この時のテーマは身体に30人分の時間と体力の温存でした。20人を超えての組手は未知の領域でしたので、キツかったです。デフェンスの重要性も実感しました。高橋師範からは、「カウンターを取りこぼさないように!」「締めが足りない」との指摘を頂きました。

 出張で札幌に行く機会があり、たまたま札幌道場の稽古日でもあったので、稽古に参加させて頂きました。わざわざ、審査用にと時間を割いて下さり、市川先生とスパーリングをする事が出来ました。その後、都合3回、出張の度にお邪魔させて頂きました。

 年末に釧路道場の安藤1級と稽古をしました。基本を各50本、移動稽古、型を全て3回ずつ行った後に全部で40分のスパーリングでした。軽いスパーリングでしたので、何とか休む事なく出来ました。この辺りから少しずつスタミナが付いて来たように思います。

 冬合宿では10人組手を行いました。石川先生との対戦では突きを受ける事が出来なく、「30人とするにはデフェンスが重要なので、しっかり受けなければ持たない」と言われ、再度重要性を実感しました。

 2月に入り、昇段審査を受ける予定の人たちと稽古をしました。丁度、審査会の一ヶ月前です。
 基本・移動・型・組手という流れで師範と石川先生に稽古を付けて頂き、これに補強と組手30人分がプラスされるのかぁと気が重くなりました。

 これより酒も断つ事にしました。異常に肉が食べたくなります。石川先生が四段を受審された時もそうだったそうで、プロテインを摂取したと教えて頂きました。
 この時から稽古やトレーニング前にバームを飲み、終了後にはプロテインを飲みました。

 それに伴い、停滞していた体重がまた減り出しました。
 師範からも「少し体重落とし過ぎなのでは?」とおっしゃって下さいましたが、まだ80kgにはなっていず、結局、体重は83kgくらいまでしか落ちなかったです。

 審査会、2週間前には、ギックリ腰を起こしてしまいました。その週は腰と相談しながら、出来る事を行うという我慢の週でした。スタミナが心配です。

 不安の中、あっという間に3月、いよいよ週末には静岡に向かいます。

 3月5日、いつものように土曜日の自主稽古を終え、空港に向かいます。石川先生と合流です。何かしていないと審査会の事を考えてしまいそうな緊張感が襲いかかります。今までして来たのは間違っていないのか?スタミナは?腰は?そんな事は関係なしに羽田空港で師範、市川先生と合流し、新幹線は静岡駅に・・・。

 眠れないかも知れないと思いましたが、腹が和んだ頃には眠りについたようです。しかし、やはり緊張していたのでしょう!6時前には目が覚めました。

 少し早めに審査会場である南部体育館に向かいました。既に橘先生がいらしており、体育館で手続きをしていました。何でも北海道の方がきっと早く来るだろうと思い、それに合わせて来て下さったとの事でした。

 橘先生は自分たちと一緒に受審され、40人組手に挑戦します。しかも一ヶ月後には大会を控え、大石道場の職員として、忙しい毎日を過ごされています。自分:「大会の準備でお忙しくて稽古出来なかったのではないですか?」橘先生:「隠しても仕方ないので言いますが、忙しいです!普段、出来る事を行えと道場生に言ってますから、自分が実践しなければなりません」と明るい顔でおっしゃっていました(見事、40人組手を完遂されました)。
 
 控え場所の剣道場にはノルウェーのビヨン先生もお見えでした。審査会を見学されると後に大石最高師範が来場された時におっしゃっていました。しかし、自分たちが準備しているとビヨン先生とそのお弟子さんも道衣に着替えていました。まさかとは思いましたが・・・。

 会場の準備が出来、いよいよ審査会が始まります。

 橘先生、自分、市川先生と並び、ほぼ目の前に大石最高師範が立っていらっしゃいます。緊張がピークに達しています。前日、高橋師範がおっしゃった「自分が主役だと思え!」との言葉が頭をよぎります。

 準備運動の時に、畳が思った以上に沈む事が分かりました。バランスが取りづらいです。基本稽古が始まりました。審査会というより、大石最高師範から稽古を付けて頂くという感じです。一挙手一動作、一言一言に細心の注意を払います。

 移動稽古では順応性を見るとの事で、今までおこなった事のない移動稽古が沢山出て来ました。移動稽古の最後に茶帯の高校生3人が出て、五本蹴りを行いました。早く大きくと最高師範から激が飛び、締めには五本蹴りに続けて飛び後ろ回し蹴りを行いました。自分たちも行うのか?と正直ビビりました。が、それは高校生だけで終わりました。

 型は、二つに分けて行いました。全てを行うわけではなく、大石最高師範がおっしゃった型を行います。太極そのT、平安そのT〜X、最破、撃砕小、征遠鎮でした。型を打っている間、周りの見学者の視線が否応無しに刺さります。自分でも浮き足だっているのが分かります。2カ所、気合いを忘れてしまいました。大石最高師範からは、型が平坦で緩急がない、息が上がるくらいでなければダメだと指摘がありました。

 補強です。拳立て伏せ・腹筋・スクワットを各50回5セット行います。普段から行っていますので、自信を持って臨めました。数ヶ月前に高橋師範から補強も組手を行うようにしなければいけないと言われていましたので、全面的にやり方を修正し、一時は30回がやっとという状態でしたが、審査会が近づくにつれて、50回が出来るようになりました。5セット目の腹筋、残り20回はV字腹筋でした。5セット目スクワットの時に大石最高師範からフルスクワットで行うように指示があり、残り20回の所で再び腰を痛めてしまいました。これから組手だという所で・・・。

 組手は、5回に分かれて行われました。高校生の茶帯10人組手から始まり、自分は5組目、橘先生、市川先生と3人で立つ事になりました。待っている間、腰の状態を確認し、蹴りはあまり使えない状態だと認識しました。

 60歳を超える方、2名が20人組手を完遂し、会場は大きな拍手でいっぱいになりました。年齢に関係なく、挑戦し続ける方は青春の真っ只中にあるというのは本当だと思いました。実際、大変な事だと思いますが、本人に取っては当たり前の事なのでしょう。
 自分たちの番になりました。13時から始まった審査会は既に18時になろうとしています。
 1人目、やはり蹴りはあまり使えない、受けから突きを主体に戦う事に・・・下段蹴りのカットが意外に上手くいく・・・5人目を超えた所で蹴りも何とか中段であれば蹴れるようになりました。高橋師範からはテンションを上げ過ぎるとスタミナが持たないから冷静にとアドバスがあったので、相手のペースにならないように、次の人を待つ間に言い聞かせる。

 10人目、スタミナは何とかいけるのではないか?大石道場の対戦者の方々は自分の力を引き出してくれる。苦しいはずが少し楽しくなっている自分がいました。

 何人目かは分からないですが、目の前にビヨン先生が立っています。初めて、外国人との組手です。大きいですが、パワーだけで来る感じではなく、上手く技を合わせて来ます。

 20人目、流石に息が上がり、待っている間の呼吸でも戻らなくなって来ました。コツコツと貰ってしまっている足も痛くなって来ました(いつもの自分であれば、とっくに足はダメになっているでしょう。)。
 
 25人目、後5人、いや、ここで半分だ!と自分に言い聞かせました。


 29人目、ここからは未知の領域です。対戦者は、何人か前に当たっている方です。その時は足払いで倒しているのですが、こちらは既にスタミナが切れそうです。案の定、今回は自分が足払いで倒されてしまいました。


 30人目、ここで大石最高師範が、「最後の1人だから、1人ずつおこなう。まずは原さん」。
 
 大石最高師範は演出家でもあると思いました。審査会の最中でも色々な所に気を遣い、場の雰囲気を和ませたり、盛り上げたり、審査会が生き物のように動きます。

 自分と市川先生の30人目は、1人で元立ちになりました。自分は既にスタミナが切れかかっています。頭を下げそうになると、「頭下げないで!」「残り1人!」「ガンバ!」「ファイト!」という声がどこからとも無く掛かります。見ず知らずの北海道から来た、ただ極真空手という共通点しかない者に目一杯の声援をくれます。審査会なのに幸せな気分に・・・でも息が苦しい。もっと、この場所に居たい・・・でも苦しい。という変な気持ちで太鼓の音を聞きました。

 高橋師範と握手した時に、1年間の稽古やトレーニングの事、道場生の事が次々と思い出されました。タオルでぬぐったのは汗だけではありませんでした。

 最後の整列の時に大石最高師範から「稽古して来たね!良かったよ!」と声を掛けて頂いた時は、報われた気持ちと高橋師範の顔に泥を塗らずに済んだというホッとした気持ちになりました。

 何とか最後まで審査会を受ける事が出来ましたが、1人ではここまで来る事は出来ませんでした。この場所を提供して下さった大石最高師範、大石道場の方々にはいくら感謝しても足りないくらいです。高橋師範や石川先生、北海道高橋道場の先生方、先輩方の貴重なアドバイスや激励、ありがとうございました。また、道場生の応援や家族の支えが力になりました。更に気持ち良く送り出してくれた職場の方々。多くのみなさまに感謝いたします。

 今回の審査会で、ようやく極真空手の門にたどり着いたように思います。結果は別にして、これからが本当の修行と思い、日々精進して行きたいと思います。また、今回の審査会で教えて頂いた事を伝えていきたいと思っております。
 今後ともよろしくお願い致します。
 ありがとうございました。

押忍

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